欧州便り②

 ドイツは好きな国だがフランクフルトにはあまり用はない、さっさと車を借りて出発だ。(欧州中央銀行や文豪ゲーテの生家があるこの街に対する不遜な態度が、最後に思わぬ災いを招くとは・・)
 Hertzのカウンターへ。ちなみに日本語ではハーツでOK、欧州大陸ではエルツ、です。かつて超一流を誇っていた頃の某ミシュラン三ツ星レストランに向け颯爽と車を走らせていたときのこと。センターラインぎりぎりまを時速100キロ近くで走るフランス人たちにいらつきながらも、安全第一と路側へと避けていたのだろう、悲しいかなまさかのパンクに見舞われる。やっとのこと修理だか交換だかしてもらったガススタンドのおじさんに、懸命にハーツのレンタカーで保険に入っているのでレシートやら証明書類を書いてほしいと伝えるのだが、怪訝な顔をされるばかり。発音がまずいのか、口をすぼめたり舌を丸めたり必死にフランス人にも通じるようにがんばった数分間、そして思い立って車から書類を出してみせたときのそのおじさんの勝ち誇ったような反応・・「何だエルツか」。フランス語は知らない私でも間違えようもない。パンク修理代がどうなったかも、ボキューズの味がどの程度だったかも定かではなくなった今も、あのおじさんの「なーんだ」という言葉と表情だけはHertzを借りるたびに思い出す。
 車はVWの小型車、もちろんマニュアル。日本ではAT車だが、ひとたび欧州の地に降り立てば何のとまどいもなくマニュアル車左ハンドルをこなせる。しかしその背景には数々の栄光の?歴史が刻まれている。
 目撃者A;あれは確か90年代初頭のイタリア、シエナの城壁に沿って走る見通しの悪い道だった。日本人の運転する車がレストラン駐車場から道へ出て走り始めた。とそこへ見通しのきかないコーナーから正面に向かってくる車が1台。日本人は0.3秒の間に、舌打ちをしながら「おいおいいくらイタリア人だからって白昼堂々車線をはみだすならまだしも、ほとんど塞いで走るなんて勘弁してくれよな、確かに天気もよければ自慢の赤ワインもおいしいから無理はないけどな、まあここは郷にいれば郷に従へというではないか、そういえばこのオリジナルはRome何とかだったよな、仕方ないここは異邦人のオレが180度譲ってやるか・・・」とつぶやき、更に車を左端に寄せた。神風突撃に生命の危険を感じて更に右端に寄せた気の毒なトスカーナ人、両車は更に急速接近するのだった。白昼堂々と赤ワインを飲んで見るからに顔を赤く染めていたよ、あの神風野郎は・・・。
 目撃者B・C・D;時々雨の夜に変な車を見ることがあるんだよわしは、そいつは雨が激しくなると曲がりもしないのにウインカーを突然出したりするんだよ。あーそれならオレはこないだ交差点であやうく追突しそうになったんだよ、なぜかって前の車がうウインカーも出さずに交差点で急に曲がろうとしたうえにこんな快晴なのにウオッシャー液をまきちらすんだぜ・・。
私はイタリアで見たわよ、わしはスイスじゃったがな、オレはドイツとスペインと、フランスでも見たよ。。へー、へんな奴はどこにでもいるってことかいね。まさか同じ奴じゃ・・・ないよな???まさーかー?
 そんな過去を乗せて、夏の夕暮れ、アウトバーンをVWが走る。時速は130〜140キロ。左側を無言で通り過ぎる車はほとんどが独車だ。早い車は250は出している。右車線はバイクを後部に積んだキャンピングがカタツムリのようなスピードで走っている。80キロほどか。この170キロの時速差のなかを、3車線なら何とかなっても2車線に変わると・・・。まるでTVゲームのような世界だ。急ブレーキも踏まず踏ませず、車線変更を速やかにこなしていくのはアウトバーン走行の醍醐味かもしれない。疲れていなければの話なのだが・・。旅行準備とW杯サッカー観戦のための極度の寝不足、時差ボケ。今の私にはこのゲームはきつい。