謎のコルシカ島

 コルシカ島と聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?
あれはとある初冬の朝の出来事だった。

 テラスの右手前方に入り江が2つ見える。手前がボーリュー、その先がカップフェラ。まだ日の出には時間があるが、少しずつ外が明るくなる。同年代の演奏家のバイオリンソナタを、サイン入りCDで聴きながら、今日は日の出をどこから眺めようかな、などと思う。やはり今日もテラスで朝食を摂りながら、であろう。
 昨夜ははるか沖合いに、大型の客船の明りが月明かりのもと大きく、そして確かに弧を描きながら東から西へと動いているのを見た。正面に広がる海原には、それ以外何も視線をさえぎるものはなかった。昨日も、一昨日も。とすればもちろん今日も・・・であろう。
 今朝もこのあたりの最低気温は10度。北方や内陸部では最高気温がやっと3度か4度だそうだ。あと十数分でこの地域の日の出の時間である。が、ふと思う。テレビで、あるいは新聞で堂々と「何時何分」と特定している、「ある地点での日の出時刻」とは正確には何を示すのだろうか?おそらくは、何も遮るもののない海原から太陽がその端を海面に見せるのが「そこから見えるだろう日の出時刻」となるのだろう。地形的、人工的障害物は一切考慮しない数字でしかないことは、ちょっと考えると明白のように思える。ここでは幸い日の出を見るのには何の障害物もない。その意味では雲さえかからなければ、ここからはこの1週間、ほぼ毎日それを観測できるわけだ。
 はるか沖合いに、わずかに雲海がかかっているようにも見える。が、太陽が昇る位置はそこからではない。昨日も一昨日も確かに海から昇る日の出を見た。だが・・・。今日はちょうどその地点の横に、といってもはるか遠くの水平線あたりに雲がかかっているのだろうか?眼を細めて眺め、考えてみる。あれはもしかして陸地か?としたらイタリア半島か、島にしてはずいぶん大きいようだが。
 分からない。それに何だかおかしいではないか。この2日間、いや3日間だったか海から上る日の出の周囲には島も陸もなかったし、夜の月明かりでも水平線を遮るものはなかったはずだ。気になるので広域エリアの載っている地図を探し出してきて、左右の海岸線にきっかり位置をあわせてその得体の知れない、雲海のはずだが少しずつ島影に、それも比較的高い山さえあるようなシルエットに見えつつあるその影を地図上で探す。探すというより考える、というべきか。
 というのもそもそも、確かに100キロ圏内には間違いなく海しかない、が数百キロ先には前方を全てイタリア半島が横たわっているわけで地球が丸いことをうっかり失念すると子供じみた答えが出かねない。が、丸いって言っても、どれぐらい丸いの?高度約50メートルのこのテラスから、すぐ先から広がっている海の、いったい何キロ先の陸地までが海面に隠れて見えないのか、そしてあれが陸地だとすれば標高がどれほどあれば・・・。
 朝のひとときを、まさかここ何十年も考えたこともなかった計算や、推測をして過すとは。しかしひとつずつ事実が見えてくる。明るさが増すにつれ、それが陸地であることに疑いの余地はなくなる。コルシカ島!山の高さ、ここからの推定距離、位置関係から間違いない。そうか、コルシカ島。ナポレオンが生まれた島(でしたね?)がここから見えるのだ。イタリアか。先週は毎日のように国境を越えて、走っていった港町とおなじ国か・・・。東にあるのは分かっても、こうして南方面にイタリアを見るとは。それはそれなりの時間を経て、そう考えてもそうでしかない、とようやく納得できた事実だった。
 いつものように炒めたニンニクをたっぷり効かした、バリラのトマトソースパスタを食べながら、コーヒーを飲む。さあ今日はどこを走ろうかな?これは考えなくても決まっている。昨日と全く同じあのルートから上って、あそこで海を見て、次はあそこのコーナーから、1時間早いとあの半島の見え方が少し違うだろうな、そしてあそこの断崖からモンテカルロを眺めおろして・・・、夕焼けはまたあそこで・・・・。これ以上に期待できる素晴らしき1日があるだろうか?
 と、何だかすっきりしないことがひとつ残っていることに気がつく。それも重大な問題である。こんなにもはっきりと正面はるかに山並みを見せているコルシカ島が、なぜこの3日間全く見えなかったのか?思わぬ難問であった。し、今でも100%解決をしたわけではないのだ・・。自然というもののすごさと、人間の感覚が「絶対的」では決してなく「相対的」であることを思わぬタイミングで認識したのである。
 そして太陽が顔を出し、完全に明るくなりきった頃・・・コルシカ島は消えたのである。全く影も形もなく・・・。

以下に私の出した推論をあげてみたのだが・・・。

1.日中も夜も、明るさと大気中の水蒸気濃度の関係から、可視(視力1.0では)できない距離(推定200キロ前 後)に島がある。
2.今日の日の出前は(少なくともここ数日では)コルシカ島からここまでの大気の透明度が最も高かった。
3.ここからコルシカ島までがまだそれほど明るくなっていない、がもちろん真っ暗ではない「日の出前30分から 日の出直後頃までのあいだ」だけ太陽光線が逆光にならないため、島がはっきり見えた。
4.太陽が完全に昇ってしまうと、ほぼ逆光の位置になるコルシカ島は全く見えなくなる。そしてそれ以降太陽の
 位置が変化しても、島を照らし出して可視できるほどの大気中の透明度条件が物理的に(あるいは気象的にほぼ毎 日、終日)得られることはないので島はそれ以降2度と見えなかった。
5.幻を見てしまった・・・?
6.365日、観察してみたら楽しいだろうか??