南伊豆

年の暮れに南伊豆にいった。以前から気になっていたところがあったのだが、ちょうど有給休暇が使えて、何泊か空いている日があったのだ。晴れて風が強くなければ自転車を、風が強かったり雨の日はのんびりと本を読もう。
今年は例年になく暖冬で、南伊豆や西伊豆でも毎年この季節には吹き続ける北西風がまだほとんど吹いていないらしい。そんなわけで久しぶりに西海岸線を北上したり、湯ヶ島から松崎に抜ける峠を初めていってみたり、土肥あたりの温泉で朝から日を浴びながら露天風呂につかり、あんまり気持ちがいいのでかけ流しの湯が少しずつあふれ出している岩場に寝転がり、うたた寝をしたり。このときには受付のおやじさんが心配してのぞきにきたらしく、「どうかしたの?」という声でふと夢から目覚めたわけで・・。どうかしたの、じゃないでしょうおじさん。40キロほど美しい冬の西伊豆海岸線を走り、目には様々に異なる真っ白な富士山の画像が焼きつき、こんなに心地いい昼前の暖かい冬の日差しを浴びて、ひとふろ浴びている・・・。こんなときにのんびりしないでどうするんですか?おじさん。あまりの心地よさに目がくらくらしてしまったのは湯あたりのせいだけではあるまい。
思ったとおり泊まったところの食事がおいしかったので、朝も晩もそこでいただいたわけだが、それにしても観光地伊豆の名が泣くような町や港の食事どころの平凡さ。決して贅沢なものを期待しているわけではないのだが、あきらかに競争が厳しい都内のほうがいいものを安く出せてしまう、これも「美しいにっぽん」の悲しい現状でしょう。それでも焼魚、などのもともと値段が高くないもについては良心的な店を探せば間違いなくおいしいものが食べられるのではあるが。帰る頃にはようやく真冬らしい気圧配置になり、おかげで少しだけ「一番軽いギアでも前に進めず足をつく」というロードのりにとってはある意味屈辱的な経験もできたわけだが、今の私にはもちろん屈辱でも恥でも何でもなく、まるで他人事のように冬の西伊豆らしい強風に懐かしさを感じ、また自然の美しさとその裏あわせにある強さとに素直に感心してきたと言えよう。
読んだ本はカズオ・イシグロのWhen We Were Orphant、もちろん和訳です。わたしたちが孤児だったころ、という題名からちょっととっつきにくさを感じていたが、じっくり読ませてくれるいい本でした。