「第一回 ツールド奥乗鞍」当日

<第1ステージ>
 三本滝先からのマイカー規制が始まって以来、鈴蘭の駐車場の光景が変わった。ヨーロッパアルプスを思わせるような静かさ、雄大な乗鞍連峰の眺め、朝早くから支度をしているのはバスで山頂まで行くハイカー、バスで山頂手前の肩の小屋まで行き大雪渓をすべるスキーヤー、そして私達サイクリストのいずれもそれぞれのスポーツに愛情を感じている人々だ。なんとなく連れられてきた人、観光目的(=無目的?)で来ているよ
うな人が少ないので空気が爽やかだ。
早起きしてアップや準備に余念のないメンバーを横目で見ながらマイペースで支度開始。同行のFさん、Sさんには「乗鞍TTにおいて1時間12〜20分で走るためのウォーミングアップの理論・実践」を科学的側面から解説したり繰り返し自説を薦めている私だが、今日の本人の優先順位はそれよりは「乗鞍連峰を眺めながら食べる爽やかな朝食」「温泉朝風呂ウォームアップ」なのだ。この「温泉ウォームアップ」は奥が深くまだだ科学的裏付けを得られていない。が、何となく経験からして(そのときは心地いいが)「あまりレース向きではない」かもしれない。
 と、そんなことをやっているうちにいつものようにアップする時間があまりなくなってアップアップ。でも今回はスタート地点、荷物預け、受付け場所、愛車2号サン、愛車1号サンとも全て50メートル以内にあり、混雑度も「午後8時の山梨市駅」あるいは「夏の奥志賀林道」といった感じである。この恵まれた環境と比べると正直「本番」の環境の悪さに疑問がわいてくる。「本番」ではなく「その前」をより好む・・という
正統派ハメハメ派(創始者2名=Kさん、Sさん)の奇跡を、じゃなくて軌跡を追いつつあるのかもしれない。幸か不幸かまだその境地まで達していない、欲張りの私は「本番」も「その前」もどちらにも参加するのだが。
 と、そんなことを言っているうちにスタート時間も迫ってくる。のんびりし過ぎて、おっと自分の出走時間が過ぎてしまった、などというデルガドーリを避けるため、レ−スコースとなる最初の直線路で心拍を徐々にAT値域まであげる、必用かつ最小限(かつ不充分な)アップを行う。こんなことがのんびりできるのが素晴らしい環境だ。天気は快晴、なんとも絶好の山日よりだ。まだ朝食時の「ヨーロッパのリゾート山岳リゾート気分」を感じているので、それを「自らの限界ぎりぎりで1時間20分耐える決死の覚悟で望むタイムトライアルモード」に切り替えなくてはならない。
 ただし今日は「ちょっと複雑な1日」であることが頭をよぎる。「ツールド奥武蔵雨天不参加決行」者の提案で今回のTTイベント後に下山せず、そのまま「ツールド奥乗鞍」の2、3ステージを行う予定のなである。合計3ステージでの順位で総合順位を決めるといる「奥武蔵」もどきのルール(案)である。参加表明をしている3名のうちS氏(尚S氏は本名M氏のため略すとSMさんとなるこが判明しました、たった今)は今日のTTが本番、F氏と私は今日は「本番」のための予行練習を兼ねたTTなのである。
 と、ここでロードレースにおける理論編。乗鞍TTをなにも考えずに(といってもペダルを回すことと、今日の夕ごはんは何かな、ぐらいは考えないと「人間失格」してしまいますね)100%全力で走った後に、更に150キロ標高差2000メートルを走るべきか、97.5%の力で走りわずかの余力を残して後半ステージで勝負すべきか、その前にそもそもあなたは「100%」や「97.5%」の力配分で走るだけの意思力と鍛えぬかれた神経系統を持っていますか?といった堂堂めぐりになってしまいかねない。
 そこでそれとなく他の2名に畳平ゴール後の予定を再確認し、かつ天気予報による「雨に濡れる確率▲1時間あたり雨量▼前面投影面積▽時速△標高」によって推定される「辛さ度合い」を考えた。自分1人なら計算式は簡単だが他の2人の分も考慮に入れなくてはいけない。そうなると精巧な「猫目電算機」の左右ボタンやペン先で裏側の穴をつついてもスタート前までに回答を出せそうもない。ということで私の結論は「結構苦しい思い」をする覚悟はできているが「非常に苦しい思い」をするつもりは毛頭ない、したがってTTは標準目安タイム(当社比)で走ればOK、「万一」中間地点までそのペースでいっても「自己べスト更新」が狙えるほど調子がいい場合(こういうことは滅多にありませんがそれでも30回に1回はあるので、「万一」とは不適切な表現でした)は後を考えずにそれ以降100%全力で行く、というものだ。
 
 前置きが長くなったが(というよりどうみても「前置き」に重点をおいているようですね)そうこうしているうちに既にスタートだ。1分間隔で自己申告タイムが近い人からスタートしていく、というルールから想像していたのは適度に同じくらいのペースの人が前後に走っている状況を想像していたが・・。人がいません、前にも後ろにも。「お正月の大国魂神社」や「秋の3連休、相模湖付近甲州街道」のような密集度合いも問題ありだが、「午後11時の山梨市駅」みたいなのもちょっと困るものだ。はじめのうちは抜いていく人、抜いた人の数を足し引きしたりゼッケン番号をチェックしたり、参考になるようないい走りの人(もちろん抜いていった人ですね)を観察したりしていたが、どうも集中しきれない(ような気が少しする)。
 いっそのことひとりきりなら何も考えずに心拍計と距離、時間を見る事だけに集中できるのだが・・。
 まあそれでも、というかそれだから、というべきか見事に予想されたタイム前後でゴールする。こう書くとまるで「楽にこのタイムで走れた」ように誤解されそうなので、「十分苦しんだ後何とか予想されたタイム前後でゴール」したのである。ただし100%全力を出しきって、という感覚とはわずかに違和感があった。ラスト5キロの苦しさは走る回数を重ねる毎に(というか加齢とともに、というべきか)多くなっている気が
する。(苦しいの嫌いな私は「同じ苦しさでしか」走らないので結局この区間のタイムが少しずつ少しずつ落ちているのだ)。高地トレーニングが必要かもしれない。それでもゴールをしたら急に元気が回復し、クールダウンを兼ねて畳平駐車場まで走っていく。やはり平地は楽だなー。

<第2ステージ>
 寒くもなく好天に恵まれているが、朝方には見えなかったあやしげな雲(雲が怪しいわけでありません)がはっきりと増えている。汗が冷えないうちに運んでもらってある荷物を受け取り、下りの準備をする。地元長野県のクラブチームが開催している走行会であり、ゴール後の表彰式等にも参加したかったが予定通りツーリングを決行することにする。雨に降られる可能性はかなり高くあまり気が進まないが、同行メンバーの足に
不安はないのがプラス材料だ。主催者にあいさつをしツーリング(ツール?)に出発。まずは1年振りのスカイライン側の下り、気持ちよく下れるが山の眺望があまりきかないのがちょと残念だ。
 高山市の少し手前でお昼の休憩。時間に余裕がないのだが、ゆっくり店に入り味噌煮込みうどんを食べる。すっかりくつろいだ後、外へ出ると早くも小雨がぱらついて路面も濡れている。ここからまだ100キロ以上、エスケープルートはなしだ。高山市街へ入りふと気付く。これはいつも通る「美女峠」への曲がり口を見逃したようだ。でもこの天気、そのまま国道19号で迂回ルートしよう。迂回しながら何で間違えたのか、と考えてみると平湯峠・高山間はいつもは上りルートだったからと思い当たる。S氏が楽しみにしていたので案内できず残念だが、また次回の楽しみにして下さい。
 大垂水峠相模湖側4/3規模の峠を超え、雨に濡れた田園地帯を走り(たぶん)最後の補給ポイントの道の駅へ到着する。少し止んでいた雨が、これから向かう山のほうから本降りになり始めた。他のメンバーは、と見るともともと防寒着を全く(といっていいほど=平均的な日本人比)必要とせず、お相撲さんの卵からその足を憧れのまなざしでみられたうえ「さわらせてもらっていいですか」などと聞かれているF氏は問題ないのだが、「さわらせてもらっていいですか」というセリフなど必要とせずさわってしまう(事実ではなく推測です)S氏は、借り物の薄いウインドブレーカー1枚のみだ。
 雨の中スタートする。2人ともからだが冷えて寒いのか、私のツーリング先導ペースではがまんできないようだ。相次いで先を引き始める。F氏の引きがいつものように(私のイメージするペースに比べて)はや過ぎるので、続いてS氏が先頭にでる。(はじめのうちは)ごく自然なペースで回転重視の御手本のような引きだった。本降りになった雨の中を進んでいく。跳ね上げがひどくなり、それぞれラインをずらしスペースを空ける。そのうち(恐らく)からだもあたたまり始めTT以降ほとんど使っていない脚を心地よく使いたくなったのだろう、のぼり勾配3%ほどのところでも32〜35キロペースを維持している。F氏の引きと同じかあるいはそれよりさらに速いペースになってきた。まだ先が長いのに・・・と思いつつ、いくら私がツール主催者とはいえ単に私が苦しく感じないペースでのみ走ることを許す、といったような押しつけがましいことはできない。よってここでは仕方なく他の2人が快適と思うペースに何とかついていく。くどいようだが、TTをせずに乗鞍を登ったとしてもこの「奥乗鞍反時計回りコース」は相当な難易度のある(平均的ロード乗り比)コースである。それもこの悪天候(猛暑でやられた過ぎ去った夏よりは実はまだいいコンデションだとは密かに思ってはいたが)、いくらベストタイムより4分遅く走ったとしても「温度変化耐久度」が平均的(特にF氏比では)と思われるS氏にとっては、ここは「体力温存」すべきところであると内心思いながら・・。かたやF氏に関しては、悪コンデションを全く気にしないロシア大陸的特異体質(アキレサエスル・ビノクロ風)をもっているので(平均的日本人比)惑わされてはいけない。
 思ったとおりS氏の引きのペースはどんどん落ちてきて平坦でも32キロくらいに戻ってきた。(私の内心の思いが届いたのか、胃の粘膜が信号を発したのかは不明です。)見覚えのある、ちょっとした急勾配が始まるあたりでいちおう私が先頭に出る。ここからは非常にゆっくりしたペースを作る。最後ののぼり「白樺峠」がどうもひっかかっているのだ。ここは心地よく下ったことしかないのだが、映像の中に「反対側からはのぼりたくないな」と思わせる細く急な勾配が残っているのだ。それがどの程度続くのかがはっきりしないのだ。いずれにせよこの雨の野麦をのぼり、下りで冷え切った身体ではどうひいきめにイメージしても「快走」することはできず、「淡々と」のぼれれば上出来だな、と想定される。が、幸いなことに雨も小止みになりはじめ、F氏と2人並びながらゆっくりとのぼる。それに反して20分ほど前までは今シーズンのぼり調子のS氏は、このあたりから明らかな「くだり調子」に陥ったようだ。後方で急にペースが落ちている。しばらくの間は後方に見えていたが、ちょっと心配になる。ゆっくりでも走れていれば大丈夫だが止まって走れなくなると「女工哀史」ならぬ「徐行愛死」になることも有得る。何しろこの峠、ただでさえ車通りが少ないがこの天候で完全に貸し切り状態、人っ子1人いないのはいうまでもなく車も1時間に1台通る程度なのである。のこり4キロほどまできて、走っている姿を確認し峠の茶屋に先に行って待っていることを伝える。(たしか身振り手振り・・)幸い雨があがりずぶぬれ状態のウエアも少しずつかわきはじめる。

<第3ステージ>
 峠の茶店は予想とおり営業終了していたが、裏の方へ回りあたたかいそばを作ってもらうことができた。峠の見える所に自転車を立てかけていたが、心配になり道路へでてみる。とちょうのぼってきた車が1台、S氏(らしき人)が走っていることを確認ができた。ようやく3人がそろい最後の食事をとり終えた頃、再度到着予定時間をナビに尋ねると「最後の峠とゴール地点との間で日没」しそうである。当初の到着予定時間は18
時〜18時30分とみていたので、ここまでは想定範囲内ではあるが。冷えて疲れ切っているS氏を急がせてもいけないので支度が終わるのを待って先頭で下り始める。路面も乾きはじめ、長野県側はきれいな夕暮れどきの青空とあかね雲さえ見え出した。土砂降りのなかを、効かないブレーキで寒さに震えながら恐る恐る下ることから比べるとなんと心地よく下れることか。(S氏にとっては大差なかったかもしれませんが・・)この峠の長
野県側は素朴なよさがあり、好感度が高い。
  スーパー林道入口まで走り、ここで最後の(最初の?)作戦会議を行う。S氏も少し回復したようではあるがまだ標高差650メートル、人も車も自動販売機も何もない峠みちのため日没後の暗闇では危険が伴う。そこでやむなく元気をもてあましている(と思われる)F氏に先行してもらい、S氏が日没後も峠に到着できない場合に備えて車で戻ってもらうことにする。まるで「水を得た魚のように」喜んで峠へとダッシュをしてF氏が前方に消えていった。(体力を消耗しきったS氏を救おうという、人類愛に心の火が燃えていたかもしれません。)私は、というとできればS氏がつけるくらいのペースをつくり登ろうと思いつつ、でもあまり無理にペースを合わされても迷惑するだろう、ということで序盤ゆっくりめのペースで入る。(もっともそうでなくてもこんな感じしか脚も選択肢もなかったが)しばらく後方からのS氏を確認できたが、料金所過ぎあたりから一人旅となる。いつ急勾配が現れるかと緊張しつつ、この程度の勾配でもう27Tかと嘆きつつ、ゴール到着は暗くても何とか峠のピークまでは薄明かりのなかで着くためには・・日没時間が何分頃で、この空だとあと何分は明るく、峠のピークから先の7キロは何度も走ったことがあるので・・・、ここでハンガーノックやパンクになるとしゃれにならないな・・・心拍ももうあがらず、峠のヒルクライム中とは思えない程度だ。
 やはりこういうときは「急がば回れ」の言葉とおり、ハンガーノックでペースダウンしてしまうリスクを回避すべく思いきって途中で止まる。背中から最後に残っていた羊羹をとりだし、ボトルの水とともに流しこむ。これで準備万端(というかあとは打つ手がない)、あとは最後までキッチリ走るしかない。幸い思ったより急勾配はなく(道中他の2名には、たとえて言えば中盤に「和田峠八王子側」が入っていると思った方がい
いですよ、と例えていたのは決して脅しはありませんでしたが・・)でも時速的にはまさに「和田峠八王子側」レベル。自分の例えの適切さに大いになっとくしつつ、実際には「笹子峠勝沼側」と似ていると思いながら進む。ピーク手前には小さな沼のようなものがあるのを覚えていたが、思ったより早くちょっと拍子抜けのような、でもそれはそれでうれしい峠通過であった。
 日はすでに沈み、東斜面側の木陰ではほぼ真っ暗になりかえていたが想像した通り、それ以上に峠からの右手からは美しい残照の乗鞍連峰から北アルプス、そして眼下にはいがやスキー場あたりの緑が見える。思わず足を止め眺める。そしてこの静寂さ・・。そしてこの静寂さを破るとすれば後方からの荒い息使い(S氏)か前方からのもっと大きな息使い(F氏(の車))しかないだろうなどとふざけたことを考えつつ、さすがに路面は真っ暗なので落車やパンクに十分注意して下る。なぜか「いい日旅立ち」が口ずさまれ、「知床半島」ツーリングが思い出されていた。一之瀬園地が左手に見えてくる。駐車場手前で前方からヘッドライトが・・、F氏の車でした。朝食をとったテラスで(少しだけ)自転車をきれいにした後、輪行する。よく走ったな・・という思いと疲労感とが混ざっている。しばらくして2人が到着。S氏はパンクに見まわれながらも意地の自走完走をし、F氏はサポートカーのように後方からヘッドライトで照らして走ってきたとのこと。このへんが普通のツーリングとは違うところですね。尚,私の自転車も翌日袋の中でスローパンクをしているところを発見されました。残念ながらF氏は自宅へ急ぎ、S氏は疲労困ぱいのため表彰式は省略されたため、ここに結果を掲載しておきます。

第1回ツールド奥乗鞍速報  (距離、標高差は概算)
S1 乗鞍TT 約20キロ 標高差1350
結果  1位:S氏 2位:F氏 3位:K氏
S2 野麦峠(岐阜側) 約14キロ 標高差800
結果  1位:F氏 2位:K氏 3位:S氏
S3 白樺峠 約12キロ 標高差650
結果  1位:F氏 2位:K氏 3位:S氏
ステージ区間合計 約46キロ 標高差2800
全体合計    約160キロ 標高差3800
総合順位  1位:F氏 2位:S氏 3位:K氏 (2、3位
は同ポイント、難易度の高いS1での順位優先)
セ−ブポイント賞:F氏